ウサギ(兎、兔)はウサギ目に属する草食哺乳類の総称。ここでは、ウサギ科を主に取り上げる。(ウサギ目ナキウサギ科についてはナキウサギを参照。)
全身が柔らかい体毛で覆われている小型獣である。最大種はヤブノウサギで体長50 - 76 cm。毛色は品種改良もあって色も長さも多彩である。多くの種の体毛の色彩は、背面は褐色、灰色、黒、白、茶色、赤茶色、ぶち模様などで、腹面は淡褐色や白。
他の獣と比しての特徴としては、耳介が大型なことが挙げられる。ウサギ目内では耳介があまり発達していない種でも、他の哺乳綱の分類群との比較においては耳介比率が大きいといえる。音や風のするほうへ耳の正面が向くよう、耳介を動かすことができる。また、毛細血管が透けて見えるこの大きな耳介を風にあてることで体温調節に役立てるともいう。
眼は頭部の上部側面にあり広い視野を確保することができ、夜間や薄明薄暮時の活動に適している。鼻には縦に割れ目があり、上部の皮膚を可動させることで鼻孔を開閉することができる。門歯は発達し、一生伸びつづける。かつてはこの門歯の特徴をもってネズミと同じ齧歯目の中に位置づけられていた。しかし、上顎の門歯の裏側に楔形の門歯があるものをウサギ目として独立した目分類がなされるようになった。歯列は、門歯が上顎4本、下顎2本、小臼歯が上顎6本、下顎4本、大臼歯が上下6本で、計28本の歯を持つ。
かつてネズミの仲間と分類されていたように、肉食であるネコやイヌとは異なる点が多く、ウサギの足の裏には肉球はなく、厚く柔らかい体毛が生えている(ただし肉球のある種もある)。前肢よりも後肢が長く、跳躍走行に適している。前肢の指は5本、後肢の趾は4本で、指趾には爪が発達する。体全体は丸みを帯び、尻尾は短い。
盲腸は長い。尿と糞は1つの穴(総排泄口)から排出する。
草原や半砂漠地帯、雪原、森林、湿原などに生息する。 アナウサギは地中に複雑な巣穴を掘って集団で生活する。縄張り意識は比較的強く、顎下の臭腺をこすりつける事で臭いをつけてテリトリーを主張する。 ノウサギは穴での生活はしない。
食性は植物食で、草や木の葉、樹皮、果実などを食べる。一部の野生種は昆虫なども食べるという。
胎生。ネコなどと同じく、交尾により排卵が誘発される交尾排卵動物。妊娠期間は最長がユキウサギの約50日で、多くの種は30 - 40日。一度の出産で1~6頭(ないしそれ以上)を出産する。
アナウサギは周年繁殖動物(繁殖期を持たない動物)に分類され、年中繁殖することが可能であり[1][2]、多産で繁殖力が高い動物である。 ノウサギは春先から秋まで、長期的なゆるい繁殖期を持っている。
天敵はキツネをはじめ小~中型の肉食獣、猛禽類。
種類にもよるが、時速60~80kmで走ることができるという。
声帯を持たないため滅多に鳴く事はないが、代わりに非言語コミュニケーションを用いる。代表的なものは発達した後脚を地面に強く打ち付けるスタンピングで、天敵が接近した時にスタンピングをする事で仲間に警戒を促すのが主であるが、いらいらや不安など不快な感情を持つ時にもこの行動をとる事がある。
デリケートな生き物でもあり、ペット飼育されているウサギにはストレスを感じた時に稀に自分の体毛を毟り取る行動が見られるが、ほかのペット動物でもありうる事である。
うさぎの唾液には、衛生状態を保つ成分が含まれている。顔を前脚で覆うように撫でたり耳を撫でる仕草をみかけるが、前脚に予め付着させておいた自らの唾液を目的の部位全体に行き渡らせる事で衛生状態を保っているのである。
[編集] 生理学的情報
- 寿命
- 5 - 11年(稀にそれ以上:ネザーランドドワーフで最高年齢13歳の記録がある。※ギネス記録は18歳10カ月)
- 体温
- ウサギの平均体温は38 - 40℃ (100.4 - 104 F) とかなり高温までが正常範囲。39℃台の体温を正常と判断し対処する必要がある。体温が上がりすぎる場合は耳を水で軽く湿らせタオルで全身を巻いた上からアイスボトルなどで冷やし、逆に体温が37.7℃以下の場合は温かい布で全身を包みカイロなどでその上から温める。
- 心拍数
- 130 - 325/分
- 呼吸数
- 32 - 60/分
- 全血液量
- 57 - 65 ml/kg
- 血圧
- 90 - 130/60 - 90 mmHg
- 食物消費量
- 5 g/100 g/日(個体の大きさによる)
- 飲水消費量
- 5 - 10 ml/100 g/日(あるいはそれ以上)
- 胃腸管通過時間
- 4 - 5時間
南極大陸や一部の離島を除く世界中の陸地に分布している。ペットとして持ち込まれたものも多く、オーストラリア大陸やマダガスカル島には元々は生息していなかったとされる。
日本では、各地の縄文時代の貝塚からウサギの骨が出土することや、古事記の「因幡の白兎」などに登場することなどから、そのころには既にかなりの数が棲息していたものと考えられる。灰色や褐色等の毛色を有し、積雪地帯では冬には白毛に生え変わる在来種ニホンノウサギは、日本の固有種として知られている。また、絶滅危惧種であり国の特別天然記念物アマミノクロウサギは、世界でも奄美群島の一部のみに生息する。
ウサギ目ウサギ科のウサギ科を参照。
[編集] 人間とのつながり
野生のノウサギ(hare)やアナウサギ(rabbit)、家畜としてのカイウサギ(飼いウサギDomestic Rabbit)、ペットとしてのイエウサギ(家ウサギHouse Rabbit)は、いずれも人間との関わりが深い動物である。
[編集] 狩猟対象として
野ウサギは昔から食料や毛皮、遊興などの目的で狩猟の対象とされている。特に欧米では、ウサギのハンティングは文化的なスポーツとして扱われている。
狩猟の際にウサギを追いかけるときは必ず斜面の上から追いかけると有利、逆に斜面を登る形で追いかけると不利とされている。なぜならウサギの身体的特徴として後ろ足が長く前足が短いため、ウサギは上り坂では体の傾き具合が水平になるため上り坂で坂を上るのに強く、下り坂では前かがみのようになってしまうため下り坂を下るのは苦手としているからである。
上野公園にある西郷隆盛像(高村光雲作)は、お気に入りの薩摩犬の雌犬「ツン」(後藤貞行作)をつれて趣味の兎狩りをしているときの姿である。
[編集] 食肉として
狩猟や養殖によって得られたウサギの肉は、食用として利用されてきた。
ウサギは柔らかい食肉となる。ウサギのフィレ・ステーキという料理もあるが、1羽のフィレ部分はホタテ貝の貝柱程度の寸法しかなく数頭分のフィレ肉を使うことになる。挽肉にすると粘着性が高いので、ソーセージやプレスハムに結着剤として使われることがある。
日本でも、古来より狩猟対象であり、食用とされてきた。縄文時代の貝塚から骨が見つかることはそれを示唆するものであると考えられ、江戸時代徳川将軍家では、正月の三が日にウサギ汁を食べる風習があったという。秋田県の一部地域では日の丸肉の名称で呼ばれ、旅館料理として出されることがある。この日の丸肉という名称は、一説によると、明治期に日本で品種改良されて定着した白毛に赤目のウサギが、あたかも日の丸の色彩を具現化したような動物であったことによるともいわれる。
欧州各地でも古来より食用とされ、フランス料理では、ジビエとして伝統的にラパン、リエーブルなどの名称で食肉として利用されてきた。現代では牛、豚、羊など大型獣の食肉が広く一般に普及するにつれ、伝統的な料理に使われる程度になってきている。
Wikipedia英語版によると、ウサギ肉は成長段階によって3種類に分類される。生後9週まで、体重4.5~5ポンドのものは'Fryer'。そこからさらに育てた'Roaster'は、体重5~8ポンド、月齢8ヵ月までのものを指し、Fryerより肉が硬い。肝臓や心臓なども食用にする。
ユダヤ教においては、ウサギはカーシェール(כָּשֵׁר, Kasher)ではない。つまり、食べてはならない動物に指定されている。(→ 食のタブー)。
[編集] 毛皮として
狩猟や養殖によって得られたウサギの毛皮は、服飾品としても利用されてきた。
防寒用として世界各地でその毛皮が用いられてきたほか、一種の装飾用としても用いられる。
また、毛皮としてではなく毛足の長いウサギの毛を羊毛のように刈り取って織物用の繊維として利用することも行われてきた。アジア原産のアンゴラ山羊やアンゴラ兎をつかったモヘヤが知られているが、欧州ではアンゴラ (繊維)という繊維利用専用の品種も作られた。日本でも、明治から太平洋戦争の時代にかけて軍需毛皮を生産する目的からウサギの飼育が盛んになり、日本アンゴラという種が作られた。
[編集] 実験動物として
薬品や化粧品の安全性のテストや抗体作成に利用されることがある。
[編集] ペットとして
現在ペットとして世界で広く飼われている各種のイエウサギのルーツは、欧州原産のアナウサギである。イエウサギとして品種改良されたウサギは比較的飼育が簡単で、鳴き声が小さく(声帯がないため基本的には鳴かない)、人に慣れるといった特性を有し、一般家庭での飼育ができる。 飼育方法と注意点は後述する。
[編集] 日本におけるウサギ飼育の歴史
日本における飼育の始まりは、欧州等を原産とするアナウサギを改良して近世以降に輸入・飼育されるようになったものであるとされる。移入された時期は天文年間(16世紀前半)で、オランダ人がペットとして日本へ連れて来たと伝えられているが、正確な移入時期と経緯はまだ確定されていない。
江戸時代中期には、ウサギを飼うことはある程度普及しており、人見必大著『本朝食鑑』では体毛が白色で赤い目をしたウサギが飼育され、人によく馴れることが書かれている。また、小野蘭山著『本草綱目啓蒙』や山本亡羊著『百品考』などには、ウサギが家で飼育されていることが書かれている[3]。喜多川歌麿の浮世絵『浮世七ツ目合』にはペットとして飼われているウサギが描かれている。当時、ペットのウサギは高価だったため裕福な商人などが飼っていた[4]。
明治になると軍需のための食肉毛皮需要によりウサギ飼育が非常に盛んになり、1872年に在来と外国の混血から生まれた更紗模様のある種雄は200 - 600円で売られ、種付けは2 - 3円/回であった。子ウサギはコロと呼ばれ10円以上した(ウサギバブル。『風俗画報』310号 明治38年2月10日 在三河安城、久永章武による)。このため1873年に東京府(現・東京都)布達、兎取締ノ儀(1876年改正、兎取締規則)で頭数の届出、1羽1円の税金、無届1羽につき月2円の納入とされ、1879年に廃止されるまで続いた。太平洋戦争中、日本はアンゴラウサギの飼育頭数が世界一になったことがあるが、これは食糧の確保及び兵士の防寒着を作るために飼育が奨励されたためである。